熊野古道紀行6 中辺路完歩 できず

LIFE

 熊野古道4日目。

 

 アップダウンの連続の古道を80kmも歩けるのだろうか??半信半疑で歩いてきた。実際膝がかなりキツイ。それでも三日間で、56km位歩くことができた。還暦近くして自分のレコードである。人間まだ鍛えられるようだ。
 
 今日は三つの峠を越えれば、とりあえずコースの起点となっている滝尻と言う所でバス停に合流する。距離は最も長いがコース的に4日間でもっとも楽なので、今日中に着けるような気がする。それで今までの最速の午前6時には出発だ。
 
 2つの峠を越えると、古道は舗装、つまり住民の生活道路となった。車道はまた別にバイパス化されていて、住民関連の車しか通らない。時々人家があるくらいだからほぼフラットで、谷を挟んだ対岸のスカイラインを見晴らしながら進む。ま、これまで無縁のロケーションであった。
 
 急峻な斜面のなだらかな部分に人家や猫の額ほどの畑が点在する。その斜面で農薬散布作業をしていた。覗くと果樹でもなさそうな、全く知らない木だった。ちょっと先で軽トラから降りて長靴を履こうとしているご主人に、仲間だと思って問いかける。「何の木に消毒しているのですか?」

 

 「コノハナ」?と聞こえた。「・・???」という顔をしていると。「仏さんの木だよ。神様は榊、仏さんはこのはな」
 帰ってから調べると、この木みたい。

 「シキミ」と言うらしい。日光では見たことない。

 この耕作地がない所で食物に替えて作り続けるとは・・・・・・・・お寺さんへの換金作物なのかもしれないし・・・・信心が深いのかもしれない・・・・・・。
 
 古道には道標が立っている、古来の社跡であり、「○○王子」というのがそれで、大阪から本宮大社まで100あったと言われている。その一つ↓

 

 道中茶店跡や、宿の跡という遺跡は数多くあった。4日目にして現役の住民集落を通ることになったのだが・・・・そこで目に付いたのは空家、廃屋。1,000年以上の歴史があるとはいえ、その賑わいと衰退の変遷を示している。
 
 この地区には住民の足として市営バスが通っているが・・・・・一日1往復みたい。
時刻表の表示がないバス停・・・初めて見た。

 

 
 午前11時頃に「近露王子」という、小中学校があるような大きめの集落に降りてきた。バス停とニアミスする地点である。バス時時間は一日7本・・・・次の便は3時間後であった。


さてどうするか?・・・・・バス停前の酒屋からビールを買ってきてバス停内で検討する。

 

 残り13kmほどで、峠一本だけだから、日のあるうちに滝尻王子に着くのは可能だと思われた。しかしこの時刻表からすると最終バス18時10分頃に間に合うかどうかは微妙である。6時間で残り山道13km・・・・・ちょっと無理だろうな・・・・。最初から道中4泊は覚悟していたので、想定内のことなのだが・・・・・昨日今日あまりに多くのハイカーというか観光客に接して・・・下界の状況はわからないのだが・・・・大変混雑のGWになっているような気配がする。
 
 もう一泊して、明日バスで田辺について、列車で入山口那智まで戻って、その距離も100km以上(こちらの本数も少ない)あるし。そこから帰路に着くには大変中途半端な時間帯(渋滞避けるには)になる・・・・・。なんかそれが怖い 高速700kmオーバー走って帰らなきゃいけないし・・・・。
 
 悩んだが次のバス停まで歩いて12時54分の便で山を下りることにした。完歩ならず・・・・・ちょっと悔しいけど自分なりに頑張ったかな。

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