マタギの里に現存する「異人館」

STOVE

古河財閥の礎になったのは足尾銅山でした。明治初期に払い下げに成ったときは、もう資源が見込めないということで、入札価格は安かったようです。

しかしその後新たな鉱脈が見つかって隆盛を極めます。

よく山師と言われますが、文字通り古河市兵衛は博打に勝ったことになります。

しかし不肖コウダ。秋田の阿仁鉱山も古河が経営していたというのは知りませんでした。

そしてこちらの山も、払い下げ後落ち込んでいた産出量が、新山発見により盛り返す、というまたまた博打に連勝したのです。

ついているね、ノっているね。

まさにあやかりたいものです。

 

その阿仁に残っているレンガ作りの建家は、ドイツ人鉱山技師が滞在のために建てた当時は非常に珍しかったレンガ作りです。

窓ガラスもそうですが・・・・・こうした洋風建築が明治初期に秋田のマタギ村の山中に忽然と出現したら・・・・・当時の人は、今のスカイツリー以上に驚いたことでしょう。

当然暖房は暖炉です。

この建家鍵で固められていて、入れないのかと思いきや・・・・・・・。

隣の資料館へ入場すると「入れます」という???????????。

なんと資料館から地下通路で繋がっていた!!!!!!!!!。

それも鉱山坑道に似せて木材の柱と梁のデコレーションが!!!。

日頃秋田の公共事業費の使い方に文句があるけど・・・・これはOKですね。雪深い土地だから冬の来客対策としてもグッドです。

 

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